その御姿虚空にうかぶ

八ヶ岳を遠望する諏訪湖畔の古刹 照光寺
「諏訪湖を曼荼羅の中心である大日如来と見た場合、照光寺は阿弥陀如来に位置する。」
ご住職はそのように想起され、阿弥陀堂建立のプロジェクトは始まりました。
初めて計画を伺った時、阿弥陀堂のデザインは、西に面した須弥壇後壁にガラスブロックを積み上げるモダンなものとなっており、建築デザインチームには照明デザイナーを迎え、既存の社寺建築の枠組みにとらわれない空間を目指しておられました。
提案させていただいたのは、夕焼けに染まる背景に浮かぶ阿弥陀如来さま。

———— 光り、そして浮遊する。 ————

古今、あまたの願主や仏師たちが想い描いてきた憧憬ではないでしょうか。
建築デザインチームが描く礼拝空間では、無数のLEDによる照明や人感センサー、FRP製の天井といった今様の技術を取り入れながらも、
「仏像はあくまで、古来から親しんできた素材に準じたい。その上で、かつてない表現を目指す。」
現代の技術を臆することなく取り入れ、それでいて時代を超えて人々を魅了する普遍性をもつということ。
これが様々な可能性を探る中で、私が定めたテーマとなりました。
1500年ものあいだ先人たちが考え抜いてきた仏教美術において、新たなスタンダードの創出は容易ではないでしょう。しかし、施主の見識と進取のまなざしは須弥壇や天井の造作、屋根にのる鳳凰など、多くのアーティストや職人衆の技が遺憾なく発揮される、豊かな感性の現場を醸成したのです。

阿弥陀如来像あみだにょらいぞう

定印を結ぶ阿弥陀如来のお姿は、左右対称の安定のなかに、仏像の洗練と様式美を感じることができる。螺髪(らほつ)は、ひとつひとつ右巻き螺旋の毛髪を彫刻し取り付け、肉髻朱(にっけいしゅ)、白毫(びゃくごう)ともに水晶製。細部の作り込みによる確かな存在感と、ゆったりした胸の広さに迎え入れるような佇まいを目指した。木曽檜の木肌は温かみをたたえ、まるでやわらかな人肌のようでもある。

総高さ2340mm 像高870mm 仏寸(髪際高) = 二尺五寸

意匠登録出願済

壮麗な宝相華唐草には、相似形を繰り返しながら連綿と連なっていく生命力を、阿弥陀如来の尊顔には、慈愛に満ちた眼差しを意図した。

しなやかな手指にのぞく縵網相(まんもうそう)と、柔らかに尊体を覆う截金紋様。金箔の煌めきは布地のドレープを際立たせ、御身の瑞光を顕じている。

意匠登録出願済

「玻璃の敷き茄子」はりのしきなす

玻璃とは仏教において七宝の一つ。水晶・ガラスをさす。
形状のもたらす屈折により、映し出す景色が上下反転する。
吸い込まれるように見入ってしまう先の不可思議な光景は、あたかも俗世界とほとけのおわす世界との境界を思わせる。

智積院 第1世 玄宥僧正像げんゆうそうじょうぞう

真言宗智山派 総本山智積院化主第1世。
智積院にわずかに伝わる肖像画を手掛かりにその像容を構築する。場面や由緒は不詳とのことであるが、描かれた角度の輪郭を頼りに骨格をさぐり、人となりを表す要素を集めてゆく。玄宥僧正に智積院再興が許されたのは73歳の頃とされ、豊臣秀吉の根来攻めにより高野山に逃れて以来、不遇のときを過ごしながらも、いよいよ再興が叶ったと想像する。本像は、第68世宥勝僧正像と一対をなしており、両肖像それぞれのポーズに加え、装束の紋様や畳縁の彩色が異なり、個々の趣きと呼応するリズムを生んでいる。艶やかな呂色漆(ろいろうるし)の礼盤は、刳形(くりかた)を開放することによって阿弥陀如来像に共通する浮遊感を意図している。

総高さ970mm 像高585mm 仏寸(髪際高) = 一尺八寸

玄宥僧正肖像画=智積院所蔵

直線的で写実的な皺によって、袈裟のざっくりと厚みのある生地感をあらわす。布が引っ張られる力のかかる方向と、織物の糸の方向、二つの「向き」を意識した彫刻刀のタッチを残している。

袈裟には牡丹唐草文を金泥にて描く。一見、単色に見える緋色の衣には、近似する色で羯磨(かつま)と輪宝(りんぽう)を描き共糸の地紋様をあらわす。肖像画に見る実に豊かな色使いの組紐に、絵師の尊崇の念や、晴れの儀式を想起した。

智積院再興の志を持ちながら各地を流転されたという。刻まれた皺と鋭さをのぞかせる眼光に、玄宥僧正の半生を、そして再興の喜びと決意を込めた。

智積院 第68世 宥勝僧正像ゆうしょうそうじょうぞう

照光寺第28世 宮坂 宥勝 住職(2011年遷化)。仏教学者・インド哲学研究者、真言宗智山派管長、真言宗長者、名古屋大学名誉教授。著書・受賞歴多数。まさに日本仏教学における知の巨人であり、阿弥陀堂建立に際し、宥勝長老の顕彰もテーマとなっている。肖像としての理想化を行いながら、生前、親しく接してこられたご家族のイメージを基に、そのお人柄の再現を試みた。化主の装束の研究では、実際の装束の着付けを拝見しご教授いただいた。さらに、粘土で制作した原型にも多くのご意見を頂戴し、次第に宥勝長老のお姿が体温の感じられる実像となって現れた。

総高さ975mm 像高590mm 仏寸(髪際高) = 一尺八寸

尊崇の念から制作される肖像彫刻であるが、威厳を重んじるあまり硬い表情である事も多い。宥勝像では、構えることなく、今にもお言葉をかけてくださるような表情を目指した。

五鈷杵(ごこしょ)・檜扇(ひおうぎ)についても木彫彩色で制作した。繧繝縁(うんげんべり)の彩色が華やかさを添える。

木彫彩色の手法で制作した修多羅(しゅたら)の複雑な組紐の構造が、きわだった装飾性と立体感を生む。ゆるいカーブを描き垂れた先に、ばさりと房が着地する。

  • 2016年8月  構想に着手
  • 2018年12月 開眼法要
  • 2019年3月  阿弥陀堂落慶式
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